THE YAMAGUCHI GROUP
名古屋大学大学院理学研究科  物質理学専攻化学系  機能有機化学研究室
 
 
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 「ホウ素ドープグラフェン」は、半金属的なグラフェンとは異なり半導体特性を示したり、リチウムイオン電池の負極材料として高い電気容量と高速充放電に対する高いサイクル特性を示すことなどから、魅力的な特性をもつ材料として物理化学の分野で注目されている。しかしながら、物理学的な手法によって得ることができる「ホウ素ドープグラフェン」は、分子量も形状も揃っていないことから、科学的な電子状態の解明には至っていない。今回我々は、「ホウ素ドープグラフェン」のボトムアップ合成を意識し、形状のそろった単一化合物として、ホウ素を中央にもつ縮合多環式π共役分子を開発し、その電子状態を詳細に解明することに成功した。
 三配位ホウ素は電子をもたない空のp軌道をもち、π電子系の電子受容性を向上させるのに適した元素である。しかし、有機ホウ素化合物は一般に空気や水に対して不安定であり、材料に用いるにはホウ素を安定化する必要があった。従来の安定化の手法として、1) 嵩高い置換基による立体保護、2) 非共有電子対をもつ窒素や酸素原子の導入、という2つが挙げられる。しかし、これらの方法は重大な欠点として、分子間の立体反発による電子移動度の低下、または、ホウ素の空軌道が窒素や酸素の非共有電子対により埋まってしまうことによる電子受容性の低下を伴う。これに対し我々は、トリアリールボラン類のアリール基を全て直接連結させることで、ホウ素周りが全てsp2炭素で構成された、いわば「含ホウ素グラフェン分子」を有機化学的手法により安定に単離することに成功した。π共役系が拡張された分子構造は平面性が高く剛直であることから、含ホウ素π電子系の安定化に加えて、πスタック二量体構造を形成した。今後、πスタック積層構造を実現することができれば、電子輸送材料としての応用に期待がもてる。またこの分子は、電子供与性のπ平面の中央に電子受容性のホウ素を閉じ込めた効果により、高いHOMOレベルと低いLUMOレベルを実現している。これにより、可視領域全域を覆う吸収スペクトル、そして可視から近赤外領域に及ぶ蛍光スペクトルを示した。さらに、
1)剛直な構造に起因するホウ素のルイス酸性の低さ、
2)可視領域に及ぶ光吸収特性を利用することで、ピリジン存在下におけるサーモクロミズム (温度によって溶液の色が変わる現象)を達成した。なお、本成果はJ. Am. Chem. Soc.誌のSpotlightsに選出された。